[異種のごちそう 運命と真実に乾杯を]
登場人物
◆エリク・リリック(エリク) 歌うことで周囲に影響を与えてしまう異種。愉快、生真面目、無邪気。
◆サネジア・サムサラ(サネジア) 病気をする以外のことでは死なない異種。心配性、毒舌、裏返しの信頼。
◆オルディ・ラビティ(オルディ) 重力の影響を受けることができない異種。明るい、煩い、馬鹿ではない。
◆フェン・フィール(フェン) 鋭い五感を持つ異種。朴訥、気だるい、布団が友達。
作品に関する 利用規約 をご覧ください。
このお話の舞台となる世界については 異種のごちそうの世界 に少しまとめております。
※設定上、登場人物は全員男性ですが、性別や一人称などに関し、変更していただいても構いません!
変更を加えた上で、生放送などで演じてくださる場合は、その旨を明記してください。
※今回は、これまでの彼らのお話と、深く繋がりのある台本です。
お時間があればぜひ、このシリーズの他の台本もご覧になってください。 こちら からどうぞ。
※今回のお話は、上演時間が長めです。配信など、30分で区切られるところで使われる場合は、
セリフ《
フェン「ただいま」(場面転換の線前後)》で分割してみてください。
所要時間目安/43~45分
配役(0:0:4)
♂♀エリク:
♂♀サネジア:
♂♀オルディ:
♂♀フェン:
エリク「うー……どれにしようかなぁ、」
オルディ「ふっふん。どれも美味しそうだろぅ?」
エリク「そりゃあ見た目はね? ……これ!」(シュークリームをひとつつまむ)
オルディ「そぉれはぁ」
エリク「あー、」(口に入れかける)
オルディ「ダメかもねーっ!」
エリク「う、(手を止める) もうオールディ! 決意がにぶっちゃうじゃん!」
オルディ「迷うなよぉエリクちゃん! いけいけゴーゴー!」
エリク「……行きます、ん!」(食べる)
オルディ「お味はいかが?」
エリク「んー……んー?」(恐る恐る噛んでいる)
サネジア「……」(エリクをちらと見る)
オルディ「美味しい? そーれーとーも?」
エリク「…………セーフっ!」
オルディ「おおっ!」
エリク「おいしい!」
オルディ「残念だ!!」
エリク「どうして!」
サネジア「畜生」
エリク「どうしてぇ!?」
サネジア「何だよ。お前の運がすこぶる悪い事を嘆いてるんだ」
エリク「運は良いでしょ! からいの当たらなかったんだから!」
サネジア「当たらなかったんだろ?」
エリク「……当たらなかったけど」
サネジア「ほらな?」
エリク「なんか違う!」
オルディ「つぎは俺っち! シュークリームよ、この中で一番ふっくら甘いのはー! お前だ!」(口に運ぶ)
エリク「……」(凝視している)
オルディ「ポォ!!!」
エリク「わおっ!」(驚いて椅子ごと仰け反る)
サネジア「うるせぇ」
エリク「何ぃ!?」
オルディ「ふつうだ」
エリク「普通じゃなかったよ!? もう。……ははっ、『ぽぅ!』」
オルディ「んふふ」
エリク「椅子から落ちるかと思った!」
オルディ「残念だわぁ」
サネジア「悔やまれるな」
エリク「祝って!」
オルディ「ポォ!」
エリク「ぽぉ!!」
サネジア「やかましいんだよ次から次によ!」
オルディ「ほらお前も! シェイクハーンズ?」
サネジア「お前の関節という関節をシュー生地に変えてやる魔法が欲しいって?」
オルディ「せめて手だけにしてくれない?」
エリク「それって譲歩してる!?」
サネジア「はぁ……もの取って来る」
オルディ「はぁいよ。あ、次はお前の番だぞサネジア、敵前逃亡は罪っ!」
サネジア「へいへい。……あぁー腰……うう」(伸びをして部屋へ向かう)
オルディ「……んー。もうちょっとカスタード、固くってもよかった感じ」
エリク「そう? 美味しかったよ?」
オルディ「なによりだわぁ」
サネジア「っと。お早う」
フェン「……ん」(ひたすら眠そうな様子)
サネジア「毎晩ご苦労さん」
フェン「んん」
サネジア「そっち行って、コーヒーでも貰ってこい」
フェン「こーひー」
オルディ「お? フェン、おそようちゃん。よく起きたねぇ」
エリク「おつかれさま」
フェン「……のむ」
オルディ「あいよん。眠気覚ましだかんな、今とびっきりを淹れたげる」
エリク「フェン、おは、……そっちは庭だよ!」
フェン「……にわ、じゃないです、まだ」
エリク「ふふふ。ほら、座って?」
フェン「ん」(どさりと座る)
エリク「おはよう」
フェン「はよう。……何時?」
エリク「すっかり夜。九時半だよ」
フェン「九時半ね。ふあぁ」(あくびをする)
エリク「なんか、久しぶりだね。昨日は会わなかったから」
フェン「そうだねぇ、おやすみ」
エリク「フェーン! まだ5分も会ってないよ!」
フェン「……うん……」
エリク「はは。もう3日くらいだよね? 夜中のお仕事。頑張ってるんだね」
オルディ「さ、出来たぞぉ。ほおら、どうぞ」
フェン「おさとう」
オルディ「フェン、お前な! この家のスーパーシェフのオルディちゃんが忘れるわけないだろ!」
フェン「……ねぼけた、僕じゃあるまいし?」
オルディ「んふ、そーうともさ。昨日のお前さんじゃあるまいし」
エリク「昨日、なにかあったの?」
オルディ「こいつが苦い苦いって言うから、お砂糖が足りなかったかしらと思って見たらフォークを舐めてたの」
エリク「フェン……ねえ、本当に大丈夫?」
フェン「……あらためて言われると、奇行だね」
オルディ「俺っちゃんびっくりしちゃったわぁ。夢の中でコーヒー飲んでたんでしょ?」
フェン「たぶん」
オルディ「んもう。あ、少し冷ましてあるからすぐ飲めるよん」
フェン「……ふふ。なにこれ。顔が書いてある」
オルディ「濃いめのコーヒー、フォームミルクエディション! シナモンスマイルバージョンだ!」
フェン「長いね。さんきゅ」
オルディ「ふふん」
サネジア「よいしょ、っと」(戻ってくる)
エリク「うわあ、また大きな本だ」
オルディ「出たな、サネジアご自慢! ハードカバーお代わり攻撃!」
サネジア「二冊くらいでなんだよ。その名の通り攻撃してやろうか?」
オルディ「おーん? 受けて立ってやろうじゃないか本の虫!」
サネジア「そうかい。いい度胸だ。……背表紙が固いのはこっちだな」
オルディ「お前魔法使いだろぉ! 物理バイオレンス禁止!!」
サネジア「勘違いしてんじゃねえ。魔法で飛ばすんだよ」
オルディ「魔術バイオレンスも禁止ーっ!」
フェン「ふふっ」
サネジア「敵前逃亡は罪だったな。俺の勝ちだ」
フェン「大人げない」(おとなげない)
サネジア「お前らが子供げないんだよ、ビギナー」
フェン「なるほど。またひとつ大人になれましたよ、エキスパート」
サネジア「ふん」
フェン「それはそうと、いただきます」(皿に手を伸ばす)
エリク「あっ、待ってストップ!」
フェン「なに?」
エリク「『ホット・シュー』があるから!」
フェン「ほっとしゅー」
オルディ「いくら魅力的に美味しそうだからって、順番飛ばしはダメよん。おいサネジア! 本に埋もれても無駄だぞ!」
サネジア「わーかってるよ! ……ん」(指で少し迷って、口に運ぶ)
オルディ「運命やいかに?」
サネジア「……残念だったな」
オルディ「いかにーっ!?」
サネジア「伝わんねえのかよ! 普通だ普通!」
エリク「……フェン、あのね、このなかに、食べたら危ないシュークリームがあるんだ」
フェン「それが、ホットシュー?」
エリク「唐辛子クリームが詰まってるんだって!」
フェン「オルディ」
オルディ「なんだい、甘いもの大王」
フェン「シュークリームへの冒涜……」(睨みつける)
エリク「うわ」
オルディ「だ、大王様ー! ははーっ! 今日は一段と眉間のシワがお美しいですねぇ!?」
フェン「……なんでそんなシュークリームを作った?」
オルディ「はっ、この料理人はカスタードクリームをかき混ぜながら、明日の献立のピザの事まで考えておりましてですな!
ええ、ご存知の通り天才で! タバスコの瓶を見た瞬間にっ! 閃いてしまったのですなぁ! マイマスター!?」
フェン「……で?」
オルディ「ああん! 眉間のシワがっ! まるでひしゃげたシュー皮の生まれ変わりのようで!」
サネジア「失敗作ってことか?」
オルディ「ははーっ! ……ははぁーっ!!」
サネジア「言葉に困ってんじゃねえ」
オルディ「よく分かったね」
サネジア「……急降下かよ。もうちょっと粘れ」
オルディ「ははーっ」
サネジア「そういう意味じゃねえんだよ」
フェン「……なるほどね。この中のどれかが、爆弾なんだ」
エリク「そう! だから、誰かより先に当てないようにしてるんだ」
フェン「……ふふ。みんなして何やってるの。こんな夜更けに」
エリク「あははっ、確かに!」
サネジア「……俺は食ったぞ。ほら次、早くしろよ」
オルディ「えぇ、ねぇ味の感想はぁー?」
サネジア「甘いな」
オルディ「もう一声!」
サネジア「コーヒーくれ」
オルディ「つれない奴ー! もー!」
サネジア「……クリームがうまい」
オルディ「あぁん、合格だぁちくしょーっ! カップよこせやい!」
サネジア「おう」
オルディ「ついでに空いてる皿も持ってきてー?」
サネジア「ああ。……おいエリク、お前も飲むか?」
エリク「ん? あ、いる!」
サネジア「カップ」
エリク「ありがとう」
フェン「……ふうん。どうりで。混じってるわけだ」
エリク「……混じってるって?」
フェン「爆弾のにおい」
エリク「……あ、もしかしてフェン、分かるの!」
フェン「うん」
エリク「ど、どれがホットシューかも、分かる……?」
フェン「分かるよ。2つあるんでしょ?」
エリク「……フェンが、このゲーム最強だ……!」
フェン「エリク。僕は、絶っ対に、食べない」
エリク「うわあ、そんな据わった目で!」
フェン「サネジア。次は誰の番?」
サネジア「あー、エリクじゃないか? 別にお前でもいいんだぞ」(コーヒーを手に席につきながら)
フェン「そう。じゃあ遠慮なく」(ひとつ取る)
サネジア「……成る程。お前は気楽って訳か」
フェン「まあね。……んん、うま」
オルディ「お、満足そうな顔だな! 結構よく出来てるでしょ?」(席に着く)
フェン「ふわふわしてる。皮が美味しい」
オルディ「そうかそうか! 甘いものは、やっぱりお前さんに褒められないとね!」
フェン「ふふ」
サネジア「……そういやお前。進み具合はどうだ」
フェン「……んー。見よう見まねだから、見通しは立たない」
サネジア「そうか」
フェン「まあ、夜の方が判りやすいし、リストアップが済むまではこの生活かな」
サネジア「今晩で4日目か。……悪いな」
フェン「あのタイミングで居合わせたのは僕だからね。やれるだけはやってみる」
サネジア「……判別しかり、調合しかり、材料調達しかり。無理だと思ったら言ってくれ、どうにかする」
フェン「わかってる」
エリク「ねえ、二人とも」
サネジア「何だ?」
エリク「なんのお仕事してるのか聞いてもいい?」
サネジア「ああ、」
フェン「そういえば言ってなかったね」
オルディ「俺っちゃんにも教えてよ」
エリク「フェンに当番交代を頼まれたから、忙しくなるんだろうなあとは思ってたけど……
でも、まさか夜に起きて明け方に寝るとは思ってなかった!」
オルディ「本っ当、お前ら時々、仕事、舞い込みましたー! って顔して帰ってくるよねぇ」
フェン「そんな顔してる?」
オルディ「してるともさ! このオルディ様にはお見通しなんだぞ?」
フェン「そっか。どんな顔?」
オルディ「今ならチュチュ履いて野良猫とダンス出来ちゃうもんねって顔とー、たった今泥水で宴会してきたぜぇ! みたいな顔とぉ」
エリク「ひどい顔だね!」
オルディ「んふふ。でも今回はどっちでもなかったね。『皿の上のシュークリームの中身を間違えずに見分けなきゃ』って顔」
フェン「……」
サネジア「そこまで言い当てるか」
オルディ「んふ、ね? お見通しでしょ?」
サネジア「……はぁ。まあ、そこまで責任を負う仕事でも、失敗できない仕事でもないがな。……仕事とも言わんな」
オルディ「頼まれごとって感じ?」
サネジア「そうだな。言うなれば、一生のお願い、か」
エリク「一生の、お願い」
フェン「この間、僕とサネジアで王都に行ったでしょ」
エリク「ああ、遅く帰って来た日ね?」
フェン「そう。僕は市場に行って、サネジアは図書館に」
サネジア「図書館の出入り口でこいつを待ってた時に、古い知り合いに会ってな。
普段なら呼ばれようが見もしないんだが、そいつは俺を前の名前で呼んだ」
エリク「前の名前?」
サネジア「今は使っていない名前だ。解るか?」
エリク「っ!」
サネジア「ん、……いや。それでまあ、つい振り返っちまって。二、三度話したか……ぐらいで、別段深い仲でもない奴だった」
オルディ「うん、そんでそんで?」
サネジア「どうしても頼みたいことがあるんだと。他を当たってくれと言ったが、聞きやしない。
もう貴方にしか頼めない、なんて間に挟みながら、必死に、『香水を探してほしい』と」
オルディ「香水? また不思議なチョイスね」
サネジア「俺は調香師(ちょうこうし)でもなければ便利屋でもねえ。義理もなければ興味もない。
そう言って突っぱねてた時に、フェンが戻ってきた」
フェン「待ち合わせしてたから」
サネジア「……歩いてきたこいつを見て、丁度いい、合流したなら追っ払っちまおうと思った、が」
フェン「サネジアがやけに険しい顔で僕の隣に来て、振り返って『済まない、他を当たってくれ』って言ったんだけど。
最初、この人は僕をからかってるんだろうと思った。……サネジアが、誰もいない所に向かって喋ってたから」
エリク「……えっ?」
フェン「僕には『その人』が見えなかった」
サネジア「そいつは、端的に言えばゴーストだった。……正直、今は使っていない名前で呼ばれて、柄にもなく動揺してたんだろうな」
オルディ「まあねえ」
サネジア「図書館の前だ。あそこは出入りも多い」
オルディ「周りに聞かれてたらどうしようかしら、とか思っちゃうなぁ」
サネジア「……そもそも、『俺の古い知り合い』が生きてるわけねえのに」
エリク「……そっか。そう、だよね……」
フェン「僕には事情は分からなかったけど、何となく。立ち去るべきだと思った。
それで、サネジアの腕を引っ張ろうとした時に、……香りがした」
エリク「香り?」
フェン「バニラ、みたいな。甘い香り」
サネジア「……お前、バニラ、っつったんだよな」
フェン「そう。気がついたら口に出してて」
サネジア「……それを聞いて、俺にすがってた『そいつ』が口を引き結んで、ついにはぼろぼろ泣き始めた。
『そうだ、バニラに似ています、そうです、でも見つからないんです、お願いします』と。
フェンにも、色々言ってたな。……俺にしか聞こえちゃいないんだが。
そのうち『お願いです』しか言わなくなった。埒が開かん。もう一度だけ他を当たれと声をかけようとした。
その瞬間、……そいつは小瓶を落として消えた。いや、小瓶になった、と言うべきかも知れん」
フェン「小さい香水の瓶が、地面に落ちて音がした。それは僕にも見えるし、さわれる物だった」
オルディ「……ふうん。で、結局、二人はそのか弱きゴーストちゃんの頼みごとを」
サネジア「……まあ、」
オルディ「引き受けちゃったわけねー」
サネジア「引き受け、てはいないな。誰も『やります』とは返してねえ」
オルディ「えぇー、お前の称号に詐欺師みたいな奴ってあったっけ?」
サネジア「知らねえよ。あるとしたら、お前が勝手に付けてるんだろう」
オルディ「じゃあ後で書き加えておいてあげる」
サネジア「その紙、俺の前で出せ。手加減できりゃ腕ごと燃やしてやる。……重要なことだ。この話においては特にな。
エリク、お前も覚えておけ。人でなしの言葉を聞いたら、頷いてはいけない」
エリク「……うん」
サネジア「知り合いでも、人に見えてもだ。いいな?」
エリク「わかった」
オルディ「よかったねサネジア、お前は人!」
エリク「あっ!」(頷いた事に気がつく)
サネジア「あっ、じゃねえ。……危なっかしいな、気をつけろ」
エリク「ハイ」
オルディ「エリクちゃんの称号は、素直野郎ね?」
エリク「う、れしいのかな……?」
オルディ「そういうところが素直なのよぅ」
エリク「へへ」
オルディ「ね、夜な夜な起きて働いてるのが、お前さんじゃなくてフェンなのは、役割分担?」
サネジア「ああ。ゴーストが頼んできたのは俺だが、要は、瓶の残り香を頼りに同じものを用意してくれ、という話だ」
フェン「僕は鼻が利くから、構成を嗅ぎ分けて、目当てのものを見つけられるかもしれない。
それに、その人が探した香りを最初に感じたのは、多分僕だ」
サネジア「はじめ、そいつの事を文献か何かで探そうかとも思ったんだが……
深く入り込むのは辞めにしてる。お互いにな」
フェン「僕も、原料当てゲームだと思ってやってる。夜に起きてるのは、昼間より空気が澄んでるから」
オルディ「なんで二人して、そのゴーストちゃんの願いを叶えたいのさ」
サネジア「……結局は興味が湧いた」
フェン「同じく」
サネジア「ってのもあるが、どうにも見返りがありそうなにおいがする」
フェン「直感だよね」
サネジア「根拠はないがな」
オルディ「うわー、出たぁ、悪い顔! ぼくちゃんそれ以上聞かなーい!」
エリク「……そっかぁ。なんか、静かにびっくりするお仕事だね。どきどきする」
フェン「作り話みたいだけど、中身は地味だよ」
エリク「そう?」
フェン「その日は、帰りの汽車の時間まで、回れるだけお店を回ったけど、見つからないし。
サネジアと色々話して、結局、瓶の中の香りをリストアップして、調香することに決めた」
エリク「調香。香水を、作るってこと?」
フェン「そう。地道でしょ。それが、今の僕の仕事」
エリク「へえ……そうだったんだ。そっかあ、……すごい話だなあ」
オルディ「捉えようによっちゃぁ、ずいぶんとロマンチィックだけどさぁ、……ゴーストちゃんなんでしょ。取り憑かれないでね?」
サネジア「ああ。フェンが完成させても、させなくても。何かあっても、何もさせないつもりでいる」
オルディ「……ま、天下に轟く極悪魔法使いがそこまで言うなら、心配しないよん」
サネジア「そうかい。……ああ、読む気が失せちまった。片付けるわ」(席を立つ)
エリク「あ、いってらっしゃい」
オルディ「なんにせよ俺の仕事は、フェンに毎晩モーニングコーヒーを淹れる事だな!」
フェン「助かるよ」
オルディ「ついでに今日から、夜食を豪勢にしてやろうじゃないか!」
フェン「明日からじゃなくて?」
オルディ「このシェフは抜かりないんだぞぅ? 特製シュークリームを2つ取ってある!」
フェン「……おお」
エリク「え、いいなぁ! さすがオルディ!」
オルディ「いやぁ、あいつらまだ、ただのシューだけどねん。これからクリーム詰めるの」
フェン「なんてすばらしいシェフだ」
エリク「……ホットなクリームだったりして!」
フェン「貴様」
エリク「お、王様ー!」
オルディ「今日は二度も王様のシワが拝めて、ははーっ! さあシェフは仕事をして参るからの! 達者でな!」(台所へ)
フェン「……ふっ。楽しみ」
エリク「へへ、フェンよかったね! ぼくも今度作ってって頼もうかなぁ」
フェン「エリクのは、もうあるでしょ」
エリク「うん?」
フェン「目の前に」
エリク「……忘れてた!!」
フェン「もらい。(ひとつ口に入れる)……ざんねんハズレ」
エリク「棒読み! フェーン、あと2つしかないよぉ」
フェン「そろそろ始めようかな。目も覚めたし。エリク、頑張ってね」
エリク「?」
フェン「爆弾処理」(皿を指差す)
エリク「……ホットシューは2つ! そんな!」
フェン「僕も頑張るから。行ってきます」(席を立つ)
エリク「ええ! ちょっとフェン! なんて事をーっ!」
フェン「ふふふ」(遠ざかる)
エリク「もう……、……ふぅ……」(何かを思いつめている)
サネジア「エリク」
エリク「っ、サネジア、お、おかえり!」
サネジア「……はぁ。俺こっちな」(シュークリームをひとつ手に取る)
エリク「……え?」
サネジア「何だよ。元々はお前の番だろ」
エリク「え、あの、」
サネジア「そんなに怖いか?」
エリク「……その」
サネジア「ホットシューかもしれないって?」
エリク「そうじゃなくて」
サネジア「……そうじゃねえよな。まどろっこしいのはナシだ。名前の事だろう。エリク・リリック」
エリク「っ!」
サネジア「……察しは付いてた。少なくとも俺は」
エリク「……そう、なの?」
サネジア「お前の生まれ故郷の名付け方に則(のっと)れば、『エリク・リリック』じゃあ、少々単純すぎるからな」
エリク「……そうなんだ、そっか……」
サネジア「ただ、言うも言わないも、お前に任せるつもりでいたがな。
全てを話す事だけが信頼じゃない。それに、名前を捨てる気持ちは、俺が一番よく知ってる」
エリク「……かなわないね」
サネジア「長生きなめるんじゃねえよ」
エリク「……ふふっ」
サネジア「……これみたいによ。思い切って食っちまえ」
エリク「うん」(最後のひとつを手に取る)
サネジア「……一緒に食ってやるよ」
エリク「サネジア」
サネジア「なんだよ」
エリク「かっこいいね」
サネジア「……はぁ。ったく……行くぞ」
エリク「はい! あ、か、乾杯する?」
サネジア「……っふふ、なんでだよ。……乾杯」(シュークリームをくっつける)
エリク「かんぱい!」
サネジア「……ん」(食べる)
エリク「(食べて)……う!」
サネジア「……ぐふ、げほ、げっほんごほん!」(咳き込む)
エリク「う、ぶ、ぐっふ! ……うあ、なにこれ、いったい!!」
サネジア「うぇっほ、ごっほん、んん!」
エリク「かっらー!!」
サネジア「あいつ、(咳き込んで)何入れやがった……?」
オルディ「(遠くから)おぉーい何やってんだよぉ! オルディちゃんの目の前で食べるって約束したろーっ!」
サネジア「し、てねぇよ、ぐ、ぶち殺すぞ……!」
エリク「痛い、空気が痛ーい! はなみず出るぅ! あ゛ーはぁー!!」
=====
フェン「ただいま」
オルディ「お。帰ってきたな。おっかえりぃ」
エリク「……ただいまぁ」
サネジア「悪い。遅くなった」
オルディ「いんやぁ、予想はしてたよん。なんてったって、ゴーストちゃんと待ち合わせだもの!
どうだった? 香水、喜んでもらえた?」
フェン「おかげさまで、……多分。サネジアが言うには、満足してたって」
サネジア「最後まで俺以外には見えなかったらしい」
オルディ「ふうん。シャイな仕事相手だったねぇ」
サネジア「そういう問題か? ……まあいいや。疲れたわ」
フェン「僕も。……んんー、今回の仕事は、長かった」
サネジア「結局、……三週間か」
フェン「その前に、昼夜逆転が一週間」
サネジア「ああ、お前はそうだったな。お疲れさん」
フェン「おつかれさま」
オルディ「ふふん。さあ! オルディちゃんはお茶を淹れるぞぉ! だから座りたまえ、くたびれ儲け三人衆!」
サネジア「別に骨折り損はしてねえよ」
フェン「くたびれて儲けたのは確かだけどね」
サネジア「……まあな」
オルディ「エリクちゃんも。ほら」
エリク「う、うん」
オルディ「帰ったら話があるって朝言ってたね? 待ってたよん、おかえり」
エリク「うん。ただいま、オルディ」
オルディ「じゃ、エリクちゃんには、打ち明ける勇気を灯す紅茶を淹れたげるね?」
エリク「……へへ。ぼくそれ好きなんだ」
オルディ「んふふ。シェフはお見通しなんだぞ」
サネジア「……ふぅ。さて」
エリク「……」
サネジア「準備はできたか?」
エリク「……ふぅ。(息をついて)あのね、みんな」
フェン「うん」
エリク「……ぼくね。初めてみんなに会った日……覚えてる?」
フェン「……よく覚えてる。あの日の事は」
エリク「ここで、自己紹介したでしょ」
フェン「そうだね」
エリク「……ぼく、……本当は、『エリク・リリック』っていう名前じゃないんだ」
フェン「……そうなんだ」
オルディ「ほぉ」
エリク「その、つい、口に出しちゃって。……そのまま言い出せなくて、ずっと……みんなに嘘ついてた」
オルディ「……」
エリク「……ごめん……」
フェン「エリク」
エリク「……なあに?」
フェン「それなら、僕たちも嘘つきだけど」
エリク「……え?」
オルディ「そうだなぁ、エリクちゃんが嘘つきになるなら、俺たちみぃんな、超嘘つきマンズだな!」
エリク「えっ?」
オルディ「んもう、詐欺師の門下生は、だまし合いっこする運命なのねぇ」
サネジア「その称号の紙は燃やしたはずだが?」
オルディ「そうだ聞けよフェン、こいつ容赦ないんだぜ! 良い紙使ってたのにさぁ!?」
サネジア「てめえの落書きに俺の機密便箋使ってんじゃねえよタコ!」
フェン「……どうぞ?」
エリク「え、あ……どういう、こと?」
フェン「僕も『フェン・フィール』じゃないよ」
エリク「……え、」
オルディ「俺っちゃんも、この名前は二つ目だな!」
エリク「ほんと……?」
オルディ「んふ、だあってエリク、考えてごらんよ! 俺なんて、元・王子さまだぞ?
いくら見た目が変わっても、あんな仰々しい名前使ってたらバレちゃうじゃないのさ!」
エリク「……確かに……」
オルディ「だから、お前さんが知ってる名前は、この家に来てから付けた名前」
フェン「僕も。オルディほど大きな理由はないけど、この家で生きるって決心したから、名前を変えた」
エリク「……う、うそぉ」
オルディ「考えもしなかったって顔だな! やっぱりお前は素直の化身ちゃん!」
エリク「……」(固まっている)
サネジア「……サイネジア・ダフネ」
エリク「えっ」
サネジア「名前。俺が生まれた時の」
エリク「……サイネジア」
サネジア「古い響きだろ。俺は、知っての通り長く生きてる。それも『異種』の力で、だ。
探られると色々面倒だからな。名前は何度も変えてるし、今だって幾つも持ってる」
エリク「……そっか、……そっかぁ」
フェン「僕の元々の名前は、フェンネル・フィーレンス」
エリク「フェンネル……」
フェン「……なんだか、エリクにその名前で呼ばれると、くすぐったいよ」
エリク「……ふふっ」
オルディ「俺はねぇ、オルディネ・リリエルド=スフィール・グラウィッティ」
エリク「オルディネ。オルディネ、リ、……り?」
オルディ「ふふん。オルディネ・リリエルド=スフィール・グラウィッティ。
長ったらしーい名前でしょ? こんなの持ち続けてたら重くて肩凝っちゃう!」
フェン「……ほらね。みんな嘘つきでしょ」
エリク「う、ううん、嘘つきじゃない、みんな、嘘をついたわけじゃ、ない……」(涙ぐむ)
オルディ「んふふ、泣き虫ちゃんめ!」
エリク「だって、……ずっとぼく、考えてたから……へへ、ああ、そっか、そうだったんだぁ……」
フェン「肩の荷は降りた?」
エリク「うん、……うん」
フェン「……じゃあ、君の番だ。エリク、君の名前は?」
エリク「……、エリクシル。ぼくは、エリクシル・リリクシル、です」
フェン「エリクシル……」
サネジア「錬金術の霊薬か」
オルディ「エリクシルちゃん」
フェン「いい名前だね」
エリク「……っ、ぼく、あの時、初めてこの家に来た時、とっさに言っちゃったんだ!
エリクは元々、あだ名だったけど! ……『エリク・リリック』は、ぼくが勝手に、自分で付けた名前、なんだ」
フェン「うん」
エリク「……みんなはもう知ってると思うけど、ぼくが歌うと、人を困らせてしまう。
家を追い出された時に、お前は異種だって両親に言われて、一人になって……
このために生まれて来たんだって思えるくらい、歌が大好きだったけど、捨てなくちゃと思って……
でも最初はさ、ぼく、馬鹿だから、事の大きさが理解できてなくて、
口ずさんでみたりして……慰めてくれる友だちもいたけど、一緒に怒鳴られて、石が飛んで来て、
そのうち自分でも怖くなった、取り憑かれてるんだと思って喉を潰そうとした、
その次は、声なんか出なくなっちゃえば良いって呪った。声を出すたびに足をつねった事もある。
……でも、それでも心が、どうしようもない時に限って、何度も歌おうとする……だから……
あの小屋で、自分で、名前を付けたの。歌のことを、そうやってちょっとだけ持ってれば、気が済むかなと、思って」
オルディ「リリック、って、そういう意味だもんねぇ」
エリク「……それから、気味が悪くて怖い、歌が好きなぼくを……『エリクシル・リリクシル』を、殺そうと思って」
サネジア「……」
エリク「……あの日、海で、フェンに見つかって……歩きながら、ぼくは『エリク・リリック』だ、って、ずっと言い聞かせてた。
そっちがぼくの好かれる名前、そうだよね? って。
……これが、ぼくがとっさに、そっちの名前を言っちゃった、理由……」
フェン「……そうだったんだね」
エリク「でも、……、ああ、ううん……」(首を振る)
サネジア「エリク」
エリク「……?」
サネジア「息を吸え」
エリク「……すぅーっ」(息を吸う)
サネジア「……そのまま止まるな、思い切れ。なんでもいい」
エリク「っ」
サネジア「全部吐け。……エリクシル。大丈夫だから」
エリク「あ、ぼ、ぼく! ……ぼく、自分で、名前を付けて! それから、……死ぬことばっかり考えてて、
ある日、例えば、海に行って溺れて死んだら、いつか聞いた人魚になれるんじゃないかなって、思ったんだ……
頭の中で泳ぐ人魚が、歌う為に生まれて来たような名前ねって、褒めてくれる、
ぼくはそれを誇らしく思う、『エリク・リリック』は誰にも嫌われずに歌を歌える、
そんな、馬鹿な夢を、見てた。本当に」(声が震え始める)
フェン「エリク……」
エリク「でも、死のうと思って海に入って、歩いてる時に気がついちゃった。
『エリク・リリック』だって、歌を捨てられたわけじゃなかった。
……逆だよね。ぼくは、結局、歌を好きでいられる自分を作った、だけだったんだ。
……どんなに嫌おうとしても、歌は、ぼくの、生きる理由だ、って、わかっちゃった、死ぬ、時に」(段々涙が出て来る)
フェン「……」
エリク「……っ、う、うう。だから、だから! 持っていきたかったの、ぼくやっぱり歌が好きだなあって、
懲りないなぁって、あの瞬間の気持ち、だけでも、いいからっ! ぼく、持っていきたかったの……!」(押し殺して泣く)
フェン「……」
エリク「うっ、ううう、っぐ、」(食いしばっている)
サネジア「……よく言った」
エリク「う、う……さ、さねじあ、っく」
サネジア「ちゃんと伝わってる。……ハンカチ。使え」(渡す)
フェン「……ごめんね。もっと早く聞けたらよかった」(背中に手を置く)
エリク「……ううん、そんな事ない、よ、だいじょうぶ、っ」
フェン「うん。……ねえエリク。僕は君のこと、歌う為に生まれて来たんだって思う」
エリク「……フェン、う、やめて、もっと泣いちゃう、から」
フェン「本当だよ。僕があの日、君を見つけたのだって、歌が聞こえたからだ」
エリク「……う、うう」
フェン「歌ってたでしょ」
エリク「……もう、おぼえて、ないや」
フェン「僕は覚えてる。歌ってたんだ。だから僕は、初めて名前を教えてくれた時から、そう思ってる……リリック。歌だ、って。
……だからと言って、本当の名前を聞いた今も、変わらないよ。僕は君の歌をたくさん聞いたから」
エリク「ふぇん」
フェン「大丈夫」
エリク「……ありがと……嬉しい、なぁ。泣き止ま、なくちゃ……っ」(ごしごし拭う)
オルディ「エリク」
エリク「ひっく、えへ、なあに? おるでぃ」(笑顔をつくる)
オルディ「……お前の涙がすぐに止まらなくてもね、それは俺の紅茶の魔法のせい」
エリク「ううぅ」
オルディ「だからさ。そんな噛み殺さなくても、もっと大声で泣いてもいいよ」
エリク「うう、う……ぁ、あーん! あーーん!」
オルディ「よしよし。うん、そうかそうか」(身を乗り出して、頭を撫でる)
エリク「わーっ! うわーん!」
オルディ「んふふ。……ね、気がすむまで泣いたら、今度はお腹が空くからね。
んん、俺っちゃんってば、やっぱり最高。おやつを作ってあるんだぞ? 持ってきたげる」(立とうとする)
フェン「シュークリーム……」(思わずつぶやく)
オルディ「お前さあ……!」
フェン「あ。つい」
オルディ「言・わ・な・い・や・く・そ・くーっ! もぉーっ! 気が変わった!(どすんと座る)
やーいタオル、出番だぞー!(カゴを指差す)……待った! いくら泣き虫相手だからって三枚は多いね! 一枚にして!」
フェン「……ふふ(浮かんで来たタオルを一枚取って)ほらエリク、タオルが飛んで来たよ」
エリク「うーっ、うう……」
サネジア「……ちったぁ軽くなったか?」
エリク「……うん。ありがと、みんな」(顔をあげる)
オルディ「うわ、目は重そうだわぁ」
エリク「……ふ、ふへへ」
オルディ「……取ってこよっと。鼻もかんどけよぉ? 味しないぞー!」(取りに行く)
サネジア「…………ああ、そうだ……今日の仕事相手……」(ぶつぶつと言う)
フェン「どうしたの」
サネジア「いや……あのゴースト。香水を渡したら、そいつはすぐ消えたんだが。エリクと同じような事言ってたなと思って」
エリク「その人は、……なんて言ってたの?」
サネジア「消えた瞬間に。『ああ、私の愛しい、生きる理由』、……『持って行きたかった』、ってな」
エリク「っ! あ、ああ……ぼく、ぼく。その気持ち、よく分かるよ……っ」(涙がぶり返す)
フェン「……あーあ。エリクがまた泣く」
サネジア「気にすんな。……紅茶のせいだろ?」
エリク「うぅ、そうだよ、紅茶のせいだよ!」
サネジア「っはは」
フェン「……仕事した甲斐があった」
サネジア「ああ、そうだな」
フェン「骨は折れたけど、くたびれて儲けた」
サネジア「間違いねえな。……ほら、オルディが来るぞエリク。シュークリームで乾杯しようぜ」
エリク「……うん、うん! 乾杯する!」
フェン「ふふっ。紅茶じゃなくて、シュークリームで乾杯なんだ」
オルディ「乾杯だと? ちょっと待って、俺も行くから、待っててよーっ!」
=====
エリクM「時に人は、死にたい気持ちを抱えて生きる」
フェンM「時に人は、偶然を運命と信じる」
オルディM「そして時に……爆弾だと分かっていても、手を伸ばさずにはいられなくなる。そうでしょ?」
サネジア「[異種のごちそう 運命と真実に乾杯を]」
サネジアM「全員が寝付くまで、あと6時間」
20180602
加筆修正:20180607、20181117
[山積台本]
<ぱちぱち>
================
あとがき
あの時の経験がここにつながるんだなあ、不思議だなあ、なんて思う時。
きっとあなたは、頑張っているんです。
ご感想、お問い合わせなどございましたら、こちらの 投書箱 からどうぞ。