[異種のごちそう ラナンキュラスの夜]
         
         


登場人物
◆エリク・リリック(エリク) 歌うことで周囲に影響を与えてしまう異種。愉快、生真面目、無邪気。
◆サネジア・サムサラ(サネジア) 病気をする以外のことでは死なない異種。心配性、毒舌、裏返しの信頼。
◆オルディ・ラビティ(オルディ) 重力の影響を受けることができない異種。明るい、煩い、馬鹿ではない。
◆フェン・フィール(フェン) 鋭い五感を持つ異種。朴訥、気だるい、布団が友達。


作品に関する 利用規約 をご覧ください。
このお話の舞台となる世界については 異種のごちそうの世界  に少しまとめております。

※設定上、登場人物は全員男性ですが、性別や一人称などに関し、変更していただいても構いません!
変更を加えた上で、生放送などで演じてくださる場合は、その旨を明記してください。

※今回のお話は、上演時間が長めです。配信など、30分で区切られるところで使われる場合は、
セリフ《オルディ「……エリク。んふふん。お前今、思ったよりかっこいい背中してるぜ」》の辺りで分割してみてください。



所要時間目安/~45分

配役(0:0:4)
♂♀エリク:
♂♀サネジア:
♂♀オルディ:
♂♀フェン:








エリク「どうして今日こんなに洗濯物が多かったんだっけ。うん、でも畳んだ畳んだ!
    ……ああ! そうだよ、昨日オルディがお風呂で……っふふ」

フェン「……」

エリク「フェーン、調子はどう?」

フェン「……んん……もう少し」

エリク「その煙管(きせる)、そんなに複雑?」

フェン「……薬屋のじいさま、いつもどうやって……」

エリク「悩ましそうだ」

サネジア「……吸血鬼が人型になる瞬間に呼び寄せる布の……」

エリク「ねえサネジア」

サネジア「……奥、五段上。薄いカバーの。……」(メモに書き留めている)

エリク「サネジア?」

サネジア「あ?」

エリク「ああ、ううん、なんでも。二人とも、冷たいコーヒーがあるよ」

フェン「ちょうだい」

サネジア「くれ」

エリク「はあい。置いても大丈夫な場所作っててね」(台所へ行く)

フェン「うん」

サネジア「ん」

エリク「……ええっと、氷。こおり、」

サネジア「……フェン、今何時だ」

フェン「自分で見て」

サネジア「あのな。煙管から一度目を離せっつってんのが解らねぇか」

フェン「……ああ、そういう」

エリク「……いっぱい欲しいな。二人とも仕事がヒートアップしてるから」

フェン「四時半」

サネジア「少し休憩にしないか」

フェン「そうだね……んんん」(伸びをする)

サネジア「(あくびをして背もたれに寄りかかる)ああ……お互い面倒な仕事を受けたな」

フェン「安請け合いはするもんじゃない」

サネジア「まったくだ。もっとも、俺の方は安かないがな」

フェン「自慢?」

サネジア「実績」

フェン「はいはい」

エリク「氷は冷たい、冷たくて固いのが氷。手のひらに……『水は 冷たく 冷たく』……」

サネジア「おい、鏡見ろ。良い目がしょぼくれてるぞ、若人」

フェン「ああ、よく見たら猫背が似合いませんね、ご老体」

サネジア「ふん」

エリク「『集まる 水は 小さく 冷たく 冷たく』……『手のひらに』」

サネジア「……オルディのやつ、道草食ってんな」

フェン「道草では済んでないよ」

エリク「……よし! 上手くいったっ! 今度はたくさん!」

サネジア「やけに断言するな」

フェン「家を出た時、玄関の向こうで固形ソープに愛を叫んでた」

サネジア「あいつ死ねばいい。一人で買い物に出せ、買い物は食材だ特売だ、ってやかましかったくせに」

フェン「ふふっ」

サネジア「……そういやコーヒーは」

フェン「(台所を見遣り)エリク?」

エリク「わーわーわー!!」

フェン「……エリク」

サネジア「おい、どうし……(立ち上がって)、おいおいおい……」

エリク「あはは! 氷がたくさん! できちゃった!!」

サネジア「できちゃった、じゃ、ねえ!!」

エリク「ごめん! っふふふふ! 今用意する!」

サネジア「ったくもう……」(座り直す)

フェン「あれは氷山盛りのグラスが来る」

サネジア「『最後まで気を抜くな』。はぁ……毎度教えてるだろうがよ……」

フェン「いいんじゃない? 事実氷はちゃんと出来てる」

エリク「お待たせ! 冷たいコーヒー!」

フェン「さんきゅ」

サネジア「ああ、悪ぃ……おい」

エリク「ん?」

サネジア「コーヒーは、どこだ?」

エリク「分かってるよ!! 氷作りすぎだって!」

サネジア「コーヒー入り氷じゃねえかよ」

エリク「二十個もあればよかったんだけどなぁ」

サネジア「こっちのセリフだ。呑気に言いやがって」

エリク「二人とも頭冷やさないと大変! って思った隙に、こうなっちゃった」

サネジア「……そうかい。お陰さまで頭冷えたわ、お前の起こした惨状にな」

エリク「惨状ってほどじゃないでしょ!?」

サネジア「おいフェン、目視いくつだ」

フェン「200個後半」

エリク「惨状でしたね!」

サネジア「あとでオルディに叱られる前に片付けるこったな」

エリク「はあい……」

サネジア「(飲んで)……あー。しかし、まだ暑いな」

エリク「来月になったら、少しは変わるかなぁ」

サネジア「さあな……変わってくれたら良いが」

フェン「ミルクと、……砂糖水にしてある」

エリク「冷たいのに、お砂糖は溶けないでしょ?」

フェン「そう。じゃりじゃりする」

エリク「シロップ切らしてる時は、オルディがそうしてるって、見てるから!」

フェン「さんきゅ」

エリク「ふふ。どういたしまして! ……あ、そういえばオルディは」


(家の連絡石が光り、震える)


サネジア「噂をすれば」

フェン「オルディだ」

サネジア「……オルディ、俺だ。どうした」

オルディ「『アーアー。サネジア、聞こえるー? もしかして俺のこと待ち焦がれてたぁ?』」

サネジア「なあ、これ切っていいか」

フェン「いいんじゃない」

オルディ「『たいむ! ターイム!!』」

エリク「うふふ」

オルディ「『うん、俺っちゃんもうすぐ帰る! ん、だけどねー?』」

サネジア「カエルはお断りだからな」

オルディ「『なぁんで急にそんな、つれない事言う!?』」

フェン「あの時、結構なサイズだったよね」

エリク「ひやひやした。お肉として持って帰って来たのかと思って」

サネジア「間違っても持って帰って来るんじゃねえ」

オルディ「『なんでバレてーら!?』」

サネジア「的中かよクソ! もと居た所に返して来い!」

オルディ「『まだ拾ってなーい!!』」

サネジア「ばかやろう! 未遂で終えとけって話だ!」

オルディ「『目の前にいるのにー!? つぶらな瞳ぃー!』」

サネジア「切る!!」

オルディ「『待ってロスタイム! ロスターイ……』」

エリク「あはは、切った!」

サネジア「二言はねえ」

フェン「オルディ選手、リベンジならず」

サネジア「させるかよ阿呆。ただの蛙でもくそったれなのに」

フェン「あの時は化け蛙だったからね」

エリク「怖かったよねぇ、牙があって」


=====



エリク「よいしょっと」(お盆を持ち直し、扉をノックしようとする)

フェン「エリク」

エリク「ばれた!」

フェン「ちょっと来てくれる?」

エリク「え? うん。(部屋に入り)どうしたの?
    あ、イチジクのクッキー持って来たよ、オルディが昨日作ってたやつ。あとコーヒー」

フェン「いいね。いただきます……(食べながら)その煙管の汚れ具合、見て欲しい」

エリク「汚れ? フェンが掃除したんじゃないの?」

フェン「僕の目には見えすぎる。エリクの目から見て、ぴかぴかかどうかが知りたい」

エリク「なるほど。んー……うん、使い込んで、でも汚れはひとつもない感じ。ぴかぴか!」

フェン「よかった。あとは組み直すだけだ」

エリク「すぐ終わりそう?」

フェン「んー……終わらせ、たい」

エリク「ふふ」

フェン「すぐそこにベッドがいるのに、僕ときたら……(あくび)」

エリク「じゃあ、晩ご飯になったら呼ぶからね」

フェン「ん。エリクのいつもの『完成ー!』が聞こえたら行くよ」

エリク「ぼくいつもそんな事言ってる?」

フェン「言ってる。そのあとの拍手で、メニューの手間具合が判る」

エリク「ははっ、そっか! うん、フェン頑張って!」

フェン「オーケー」



エリク「(扉をノック)」

サネジア「……」

エリク「(扉を少し開け)サネジアー……?」

サネジア「……あのデタラメ論文が参考だと? 狂ってんのかこの著者……」

エリク「……」

サネジア「……いや、仮にも……解き明かした人間だ、むしろ重要な……アナグラム……」

エリク「……コーヒーと、クッキー。置いとくね。失礼しました」


=====



エリク「ふうー……今日は居間の掃除は出来なかったなあ。
    まあいいか、それ以外は出来たし! 洗濯に草取り! 今日も頑張ったぞ!
    ……あ、そうだ。クッキー。(頬張って)んー! おいしいよオルディ!」


(夕方のように家の連絡石が光り、震える)


エリク「連絡だ、あ、そうだオルディなんで帰ってきてないの!? (連絡石を取り)オルディ!」

オルディ「『エリクか、お前でよかった!』」

エリク「ずいぶん遅いね。どうしたの?」

オルディ「『エリクちゃん、俺っちゃん今マーケットの広場から少ぉし外れた所にいるんだけどね?』」

エリク「うん。……カエル?」

オルディ「『お前までそういう事言うぅー!?』」

エリク「っはは、ごめんごめん! ええと……なにかあったの?」

オルディ「『人が、倒れてる』」

エリク「……え?」

オルディ「『そんで、何人か顔見知りたちが、心配そーうに見てるの』」

エリク「っ、うん、それで?」

オルディ「『倒れてる子が、多分人じゃない。花の子ちゃんだ』」

エリク「は、花?」

オルディ「『人間の医者じゃどうにもできないの、……干からびそうで見てらんない』」

エリク「どういう……」

オルディ「『ま、話はあとだエリクちゃん。俺のとこに来てくれない?』」

エリク「……わかった。フェンもサネジアも……仕事に没頭してるんだよね、だからぼくが行く、置き手紙して!」

オルディ「『頼んだよん、オルディちゃんもう待ち合わせモードだから!』」

エリク「うん、待ってて」

オルディ「『んふふ。置き手紙、がんばれよぅ?』」

エリク「頑張る!!」


(連絡石の起動を終える)


エリク「バッグ持って……置き手紙。ええっと、『オルディ、ひと、みつけた』、で、
    『倒れる……花、の、』、はなの、こ? はなのこ、それで……
    んーと……ああ違う、『買い物ひろば、噴水、急ぐ、いってきます!』、よし!」

エリク「鍵、よし。二人とも、……ちょっと行ってきます」


=====



オルディ「お、エリクがきたぞ」

エリク「(走ってきて)はっ、はっ……ふう。オルディ」

オルディ「ごめんねエリクちゃん。急にお呼び立てマンしちゃったわあ」

エリク「ううん、大丈夫。……それで、その、倒れてるのは?」

オルディ「あの向こう(指をさして)、うなだれてるのよねん」

エリク「……オルディは、どうしたいの?」

オルディ「家に連れて帰ってあげたい」

エリク「……なるほどね、じゃあ、その荷物じゃ大変だ」

オルディ「そうなのよん。俺っち今日どっぷり満喫っ子だったからさあ」

エリク「それと……家に連絡した理由。目立っちゃ駄目だもんね? オルディ」

オルディ「うむむ。俺様が颯爽と現れて抱きかかえたらさぁ、
     麗しい女性が『亡くなった王子様みたいねっ』って、ときめいちゃうだろぅ?」

エリク「ふふ。呼んでくれてよかった。……うん。オルディと、その子と。一緒に帰ろう」

オルディ「ありがとう、エリクちゃん」

エリク「(数人の人に向けて)本屋の片足のお兄さんー! あれ、パン屋のおくさまもー!」

オルディ「……エリク。んふふん。お前今、思ったよりかっこいい背中してるぜ」



オルディ「次の曲がり角を行けば俺たちの家が見える。君らのことはよく分かってるから、気をしっかり持つんだぞ」

エリク「……この子、軽すぎる。運ぶのは楽だけど、ちょっとびっくり」

オルディ「お花だからねぇ」

エリク「その話、あとで教えてくれる?」

オルディ「もちろんいいとも……おや、出たな、お出迎えーズそのいち!」

エリク「フェン!」

フェン「……ラナンキュラス……」

エリク「え?」

フェン「『シェーデラ・シェーデル』。
    (ペンダントを軽くノックして)サネジア……聞こえてるね。驚いた方がいい……ラナンキュラスだ」

エリク「ら、な、きゅ」

フェン「今曲がり角。姿は消した。連れて行く。……行こう」

エリク「う、うん!」


(歩いて行く)


フェン「用意するものがあったら言って……完全に人型だ。いや、目立った色はない……エリク、こっち」

エリク「あれ、庭? 玄関じゃなくて?」

フェン「なんだ、まだ話してないの」

オルディ「それどころじゃなかったっての!」

フェン「拾おうと思ったのはオルディなんでしょ」

オルディ「まーね。エリクちゃん、その子は花だって言ったよね」

エリク「うん。髪も目も見た事ない色……かたちは人にしか見えないけど」

オルディ「うん。花の子はね、人間の家に入ると死んじゃうの」

エリク「……えっ」

オルディ「理屈はサネジアせんせに聞いた方が早いかもね? でも、そういうものなのよ」

エリク「そう、なんだ……」

オルディ「そうよん。だからお庭にエスコート!」

エリク「オルディは、どうしてこの子が花の子だって判ったの? 確かに人っぽくはないけど、知ってたの?」

オルディ「そりゃあ、エリクちゃん。俺が今までどういう勉強して来たかなんて、ぱらぱら話してるでしょ?」

エリク「そっか、お城で。……ふふ、お付きの教師の先生はー! それは誰もが振り返るー!」

オルディ「あらゆる人を引き付けるぅ、立派なドレスと太り方ぁ!」

エリク「ぶっふ、やめてよオルディ!」

オルディ「お前さんが振ったんだぞ!」

フェン「……サネジア」


(庭の入口の戸を開けて、向こうにサネジアが立っている)


サネジア「『かげひかり きよきかぜ』」(ぶわりと風が吹く)

エリク「っ」

オルディ「サネジアちゃんただいま。速攻お清め攻撃あんがとー」

サネジア「一応な。そいつクラスにはむしろ無礼な風かも知れんが……てめぇは、消し飛んでも良かったんだぞ」

オルディ「こんな重い服着てだぁれが吹き飛ぶもんか!」

サネジア「勘違いしてんな。中身の話だ」

オルディ「なんだと! 北風と太陽だって中身の人間は大事にされたんだぞぉ!」

サネジア「北風も太陽もバカな奴らだ、旅人を消せば済んだのによ。……フェン、書庫に入ってありったけ持ってこい」

フェン「了解」

オルディ「俺はぁ?」

サネジア「フェンに付いて行け。あとは台所だ、レシピがある」

オルディ「おお? レシピと言ったな! 俺の出っ番!」

フェン「荷物半分ちょうだい。……あとはよろしく」

サネジア「おう。……エリク。入っていいぞ」

エリク「あ、う、うん」

サネジア「まったく……まさか人型の花が家に来るかよ。化け蛙の比じゃねえな。……ここに降ろしてくれ」

エリク「ここだけ土がふかふかだ。この子のベッド?」

サネジア「急ごしらえだがな」

エリク「……ごめんね、降ろすね? っと」

サネジア「(花の子に向かい)……居心地は悪いだろうが、休息にはなるはずだ。
     ご覧の通り、喧騒も乾燥もない。しばし休まれよ」

エリク「……この子、ずっと眠ってるみたい。お喋りもしてくれなくて」

サネジア「エリク。花は喋るか?」

エリク「……んーん、喋らない。……なんだっけ、ら、ら、なら?」

サネジア「ラナンキュラス」

エリク「らなん、らなんきゅ、らーす」

サネジア「ラナン、キュ、ラス」

エリク「ラナン、キュラス」

サネジア「そうだ」

エリク「それが、この子の名前?」

サネジア「いや、花の名前だ。こいつはラナンキュラスという花の、『薬種(やくしゅ)』だ」

エリク「やくしゅ?」

サネジア「俺たちは彼らの事を『薬種(やくしゅ)』と呼ぶ。薬に種、と書いて、薬種。
     薬っつったって、人間がすり潰して食うわけじゃねえぞ。
     逆だ。人に毒も薬も与えたもう、人智を超えた存在という事だ」

エリク「薬種……そんなにすごい子なんだね。ああでも、よく見たら男の子か女の子かも判らないや」

サネジア「それも含めて花、だ」

エリク「どうりで、とっても綺麗」

サネジア「まあ、ラナンキュラス自体、神話を持つ花だ。そもそも薬種としても格が違うが……
     もうここまで来ると、格というのもおこがましいな。使者か、いや、神か」

エリク「かみさま!?」

サネジア「ここまで人の形を取れるとなると、それくらい言っても過言じゃあないな」

エリク「……ぼく、かみさまを連れて来ちゃったの?」

サネジア「連れて来ただけじゃない。お前は助けたんだ」

エリク「助けた……?」

サネジア「ラナンキュラスの花の時期は、もう大分外れている。
     元々湿地を好む花だが、最近は雨も少ない。俺らにゃ都合が良いが……衰弱が激しい。
     これだけの力の主でも、自力ではどうにもならなかったんだろう。そこを、お前らが助けた」

エリク「そっか……苦しかったんだね。でも、もう大丈夫だよ、ここ、今日草取りしたばっかりだし!
    それに、こんなに頼りになる人たちがいるんだから!」

サネジア「……おう」

エリク「元気になるまで、ゆっくりしてね」

サネジア「……そうだ」

エリク「なに? サネジア」

サネジア「……なんだ。連れて帰るの、目立ったろ」

エリク「ああ、そこは大丈夫!」

サネジア「大丈夫だ? ……どうやったんだ」

エリク「その場にいたのが三人で、みんなどこそこのお店の人だったんだけど、お医者のおばあさまを探してて。
    でももう遅いでしょ、あのおばあさま、多分もう寝てて、滅多なことじゃ起きないから。
    一人が家に戻って、二人が医者を呼びに行くって言ったから、『この子見てます』って言ったんだ」

サネジア「おう、それで?」

エリク「ぼく一人になった隙に、オルディがこの子を連れ出して……
    あとは、ぼくが人を呼んだ二人を追いかけて行って『あの子消えちゃった!』って!」

サネジア「……お前……」

エリク「ふっふん。我ながらいいアイデアだと思ったよ!」

サネジア「やるようになったな。すっかり悪者だ」

エリク「なんたって、サネジアが先生だからね」

サネジア「褒め言葉だろうな?」

エリク「すっごく褒めてる!」

サネジア「っふふ。……ああそれと、置き手紙」

エリク「あっ、そうだ、その、……ちゃんと読めた……?」

サネジア「読めてなかったら……こんな用意して待ってたりしねぇよ」

エリク「……っへへ」

サネジア「頑張ったな、お前」

エリク「うん。頑張った……ああー、頑張ったぁー!」


=====



オルディ「サネジア、コーヒーここね」

サネジア「……」

オルディ「ブラックブラックデラックスなんだからな! おいお前!」

サネジア「……ああ悪ぃ」

オルディ「ふふん。汗かく前に飲めよ? お前じゃないぞ! グラスがな!」

エリク「あれから二日……」

オルディ「仕事人間が揃いも揃って煮えたぎってるから、晩メシが遅くなっていやだわぁ。もう十時半だぞぉ」

エリク「……今、フェン、あの子とどんな話をしてるんだろう」

オルディ「スープの味は褒めてたみたいね!」

エリク「さすがシェフ!」

オルディ「まーかしとけって。……そうねぇ、ぶつぶつ一人で喋ってる図は面白いよねぇ」

エリク「あの子は、喋らないのに」

オルディ「あいつ、ほっとくとすぅぐ野良猫と井戸端会議始めるぅ」

エリク「動物とも、よくお喋りしてるよね。不思議!」

オルディ「さて、エリクちゃん。見た所、お前はもう暇を弄んでるんだな?」

エリク「そんなに意地悪じゃないよ! ……うん、晩ご飯待ってるだけ!」

オルディ「ううん! 晩ご飯待ってる、その言葉チョー好き! お前らの飯と花っこちゃんの飯、たんと作るからな!」

エリク「今日のメニューは?」

オルディ「人間どものエサはねぇ」

エリク「嫌な言い方!!」

オルディ「アスパラガスとキノコを添えて、ポークステーキ作戦!」

エリク「お肉だ……!」

オルディ「花っこちゃんにはいつものスープね!」

エリク「あの子のご飯、なんか、嗅いだことのない匂いがするよね」

オルディ「持ち出し厳禁の古書を持って、台所に立つ日が来るとは思ってなかったわあ。オルディちゃん、腕が鳴るってやつ!」

エリク「ふふっ」

オルディ「今から作るからな、首洗って待ってろ!」

サネジア「処刑前かよ。顔にしとけ」

オルディ「へっへん。エリク、お前さんの分と、ほらフェンの奴にも、コーヒー持って行って!」

エリク「わかった! これ持ってい……」

オルディ「ああちょっと待て貴様!」(首根っこを掴む)

エリク「ぐえっ! なぁーに!?」

オルディ「ミルクと、シロップシロップ……、はい出来た!」

エリク「おお。さすがオルディ……量わかってる……」

オルディ「シロップ、今日からバニラフレーバーだけど、エリクちゃんはいかが?」

エリク「あ、じゃあぼくのにも!」

オルディ「あいよん。……ほら、行っといで」

エリク「はあい!」



フェン「うん……そう、水ね。今作るから」

エリク「よいしょっと」(庭先に座る)

フェン「『スパークラ・シヤードル』、『クリアラ・ピュール・クリスタラ』」

エリク「その子のお水?」

フェン「うん。乾くのが早いって。……ここに置くからお飲み」

エリク「サネジアに聞いた。ラナンキュラスって、もっと春の時期の花なんだね」

フェン「種類によるけど、人の手が入らなければ、本当は大体三月から五月。今はもう夏も終わりだから」

エリク「大変だったよね……」

フェン「そうだね。でも、もう大分良いって」

エリク「そっか! それはよかった」

フェン「いい人が居て良かった、って。ずっと言ってる」

エリク「……へへ。……あ、目が開いてるね……、……っ!」

フェン「人の目とは違うよね」

エリク「…………ぼくたちのこと、この世界。どんな風に見えてるんだろう……」

フェン「髪も、肌も。さすが、人型を取れるラナンキュラスだ」

エリク「すごく、きれいだね」

フェン「……あんまり褒めないでってさ」

エリク「ああ、ごめん!」

フェン「ふふ」

エリク「フェン、そうだ、コーヒー持ってきたんだった」

フェン「知ってるよ。いただいてる」

エリク「いつの間に!」

フェン「エリクが見惚れてる間に」

エリク「抜け目ない! って、フェンに一番合う言葉だね!」

フェン「そうかもしれない」

エリク「はは。……ねえフェン。この子と、どうやって話してるの?」

フェン「ああ。フェイリスと一緒だよ」

エリク「フェイリスと?」

フェン「そう。厳密には違うけど、理屈は似てる。喋り方も、生まれも」

エリク「生まれ……? じゃあ、フェイリスも薬種なの?」

フェン「……そういえば、話してなかった。そう、フェイリスも薬種だよ」

エリク「それって、かみさまって事ぉ!?」

フェン「いや、フェイリスはもう僕の手元にいるし、かみさまじゃない」

エリク「……かみさまだった、って事?」

フェン「それもちょっと違う。フェイリスも元々、花だったんだ」

エリク「花……?」

フェン「そう。あのオオワシの薬種は、ペリステリアっていう花から生まれる」

エリク「信じられない! あんなに大きいのに!」

フェン「フェイリスも、本当は兄弟と一緒に、もっと育ってからワシに変わるはずだった。
    でも、ヒナのまま地面に落ちてたのを、たまたま僕が見つけて、拾った。その時は、こんなサイズ」(手のひらを向ける)

エリク「そうだったんだ……」

フェン「サネジアには散々叱られた。意味を分かってんのか、お前に責任が持てるか、ってね」

エリク「……そういう事を言われてる時のフェンの目、知ってる」

フェン「そう?」

エリク「この間、有名なお店のココアクッキーを買いに遠出する、って言い張った時の目!」

フェン「はは。あれと一緒にしないで欲しい」

エリク「譲らないよね、フェン。そういう時」

フェン「……そうだね。譲れなかった。
    薬種……というか、そういうものたちは、人間が名前をつけたり、食べ物を与えたりすると、その人に連れ添う場合がある」

エリク「へえ」

フェン「勿論みんながそうじゃない。でも、フェイリスはヒナだったし、ああなったらもう、僕が離れたら死ぬしかなかった」

エリク「……」

フェン「親も兄弟もない、なにより、生きていく場所がなかったから。
    それで、サネジアが折れて、僕はあいつに名前をあげた。フェイリスは一生涯、何があっても僕に付いてくる」

エリク「意味。……責任、かあ」

フェン「実際、いい関係でいられてるから、良いけどね」

エリク「フェイリス、フェンのこと大好きだよね!」

フェン「ありがたいよ」

エリク「ぼくもあの子大好き。……あ、ってことは、その、この子も……」

フェン「有り得る。だから、呼ばないように気をつけてね。この人はとてもいい人だけど、人間が負えるような存在じゃないから」

エリク「うん……なんとなく、その方がいい気がする。わかるよ」

フェン「どうしてそう思うの」

エリク「うーん、その…………あなたが本当はどういう所で生きているのか、ぼくは知らないけど。
    とってもきれいだから、そのまんまが一番いい気がするんだ。
    呼んだら来る、とかじゃなくて、生きやすい所で、生きていてほしいな、って思う」

フェン「そうだね。その通りだ」

エリク「助けたってほどじゃないけど、会えて本当によかった。いなくなっちゃうのはさびしい。
    だから、時々、いい季節の時に……あなたが良ければ、またいつか、会えたらいいな、って」

フェン「……ありがとう」

エリク「え」

フェン「ありがとう……『わかれのとき、しかし、しばしのわかれとなりましょう、ありがとう』」

エリク「フェン、……フェン?」

フェン「『ちぎりはありません、ゆえにこれはわかれのときです、しかし、ありがとう、ふたたび、ふたたび』……」(真顔の目から涙が落ちる)

エリク「……っ、おかしい! サネジア! オルディ!!」

フェン「『いいひとたち よわきをたすけた いいひとたち ありがとう』……」

オルディ「どうしたどうした!」

サネジア「エリ……、っ、この空気……そうか」

エリク「オルディ、フェンが!」

オルディ「がってんしょうち、」

フェン「『さようならば またあいましょう』」

サネジア「……お帰りか」

フェン「『さいわいあれ さいわいあれ』……さいわい、あ、れ……」(ふっと崩れる)

オルディ「お、よい、っと。……おいねぼすけ、まだ寝る時間じゃないよん」

サネジア「……なにか起こすか、おいお前ら! しゃがむか掴まるかしろ!」

エリク「うわっ!」

サネジア「……くっ、風か!」

オルディ「帰っちゃうのね、なんだよなんだよ、まだスープ作ったばっかりじゃんよ。……フェン?」

フェン「……だいじょうぶ……」

オルディ「……んふふ。信じてたよん」

サネジア「ぐ、ちくしょう、目が開かん! 『影はひかり 光はかげり』……」

エリク「ありがとう!」

サネジア「……あ?」

エリク「またね! また会おうねー、……またねー!!」

サネジア「……ふはっ」

エリク「また! いつか! 会おう……うわあっ!!」

サネジア「っ!」

オルディ「……さよなら、花っこちゃん」



エリク「…………うーっ……」

サネジア「……ふう、無事に行ったか、……うお……これは」

エリク「行っちゃった……? ……あっ、え、嘘ぉ!?」

フェン「……、…………いいにおい……」

エリク「庭が……庭がお花畑になっちゃってる!」

サネジア「……よくこんな大物を助けたもんだ、まったく……」

エリク「わああ……ねえ、サネジア!」

サネジア「なんだ」

エリク「走ってきてもいい?」

サネジア「……なるだけ踏むなよ?」

エリク「やった! いい匂いー! えっ、花びらつやつやしてる! 色違う! わーっ!」

サネジア「おいエリク! 色違いはつんで来い! 調べたい!」

エリク「えーっ、ちぎっていいの!?」

サネジア「そんなんで変わるような力じゃない。……そんなんで怒るようなやつだったか?」

エリク「……ううん、もっと素敵! わかったー!」

サネジア「……元気のいいこった。もう夜中だぞ。……花図鑑、花魔術、……本、取って来るか」

オルディ「お前まだ晩ご飯食わないつもりぃ? でも仕事を増やしてやろう! サネジアちゃん、花言葉も調べなよ!」

サネジア「花言葉?」

オルディ「絶対なんかあると思うんだよねぇ。俺っちゃんは昔教わった!」

サネジア「あの妙ちくりんな小太りにか」

オルディ「ねえ、あの教師、学者陣にもそう呼ばれてたわけ?」

サネジア「どうだかな。俺は心の中でそう呼んでたが」

オルディ「お前口悪くってひっどいやつなんだな!」

サネジア「今更何だよ。お前が俺の心の中でどう呼ばれてるか教えてやろうか」

オルディ「一生! いーっしょう! お断りだーい!」

サネジア「そうかい。で、花言葉がなんだって?」

オルディ「お花はねぇ。受け取るの大変なのよ。『デザートの上に一輪だとしても、花を向けられたら意味を考えろ』」

サネジア「その心は?」

オルディ「花言葉って結構おっかないんだぞ!」

サネジア「……なるほどな」

オルディ「んでも、俺が今いるここは、王宮みたいに石造りで立派なところじゃないかんな! 関係ないな!」

サネジア「残念だったな、木造一軒家だ。……お先、中入ってる」

オルディ「んん! 今目の前にあるのは、ただただ! ラナンキュラス、ラナンキュラス! 絶景かな、絶景だな!」

フェン「……んん……」(眠っている)

オルディ「もう。眠ったらやぁよって言ったじゃんよぅ」

エリク「オルディ! フェン! ……あれ、フェンが寝てる」

オルディ「めずらしいよねぇ。フェンのやつ、外でうたた寝かますとは」

エリク「本当にね。せっかく良い景色なのに。月もきれいだし!」

オルディ「良い夜をくれたねぇ」

エリク「……うん、そうだね。ねえオルディ、見て!」

オルディ「うおお、花束じゃんか。……俺にくれるの?」

エリク「うん、これはオルディにあげる!」

オルディ「……んふふ。いただくよ。ありがとう」






=====


フェンM「ラナンキュラスは魅力の花。『あなたの魅力に目を奪われる』」

オルディM「その夜、庭は色彩に溢れて。やわらかくつややかな花びらは、満ちた月を照り返し」

サネジアM「季節外れの花畑は、風に混じる秋にそよいで、今もなお、揺れている」



エリク「[異種のごちそう ラナンキュラスの夜]」



エリクM「サネジアが『ラナンキュラス』の『ラナ』はカエルの事だと知って目を剥くまで、あと半日」










20170829
加筆修正:


[山積台本]


<ぱちぱち>



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あとがき

めいめいの存在、これまでとこれからと、導かれる縁に、どうか花束を。



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